January 07, 2011

2011年読書記録

1月
6日 モチモチの木ものがたり  斎藤 隆介
12日 恐怖のろくろっ手  斉藤洋
14日 ふゆねこ  かんのゆうこ こみねゆら ★
21日 旧約聖書を知っていますか  阿刀田高
28日 アブさんとゴンザレス  斉藤洋 高畠那生 ★
2月
8日 妖怪ハンター・ヒカル 闇夜の百目 斉藤洋
13日 超短編の世界 vol.3 
3月
18日 へたも絵のうち 熊谷守一 ★
18日 これから一生!貯金生活ができる本 荻原博子
5月
10日看板物語 平林規好、ささめやゆき ★
18日 へろりのだいふく たかどのほうこ ★
31日 ブンダバーとにゃんにゃんにゃん くぼしまりお 佐竹美保 ★
6月
16日 ふしぎメッセンジャーQ かえってくるゆうれい画 斉藤洋
20日 血液と石鹸 リン・ディン
22日 カニバリズムの系譜 池田智子
7月
2日 江戸のまかない 石川英輔
11日 いわくつき日本怪奇物件 福澤徹三
15日 霧こそ闇の 仲町六絵 ★

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April 07, 2010

2010年読書記録

1月
1日 夜のくもざる 村上春樹 安西水丸
1日 氷の上のボーツマン ベンノー・プルードラ、 ヴェルナー・クレムケ
22日 日本怪談集下 種村季弘編
26日 猫さまとぼく 岩合光昭
2月
8日 魂追い 田辺青蛙 ★
15日 対談集 妖怪大談義 京極夏彦
23日 冴子の母娘草 氷室冴子
3月
19日 物いふ小箱 森銑三 ★
23日 ラブ@メール 黒史郎
30日 おおきな木 シェル・シルヴァスタイン
31日 トランプの中の家 安房直子 ★
4月
5日妖怪アパートの幽雅な日常(1) 香月日輪
6日 STAR SALADA 星の玉子さま2 森博嗣
6日 コノヒトタチ つっつく べからず シェル・シルヴァスタイン 川上弘美訳 ★
8日 短篇礼讃 大川渉 編 ★
10日 宇曾呂物語‐動物寓話集舟崎克彦 井上洋介 
17日 いっちばん 畠中恵
19 日 妖怪アパートの幽雅な日常(2) 香月日輪
23日 妖怪アパートの幽雅な日常(3) 香月日輪
28日 江戸怪談集 下 高田衛 編・校注
5月
19日 サムエル記
20日 ヨブ記 
26日異邦人 カミュ 窪田啓作訳
6月
9日 てのひら怪談 己丑 東雅夫編
16日 てのひら怪談 庚寅 東雅夫編
16日 文鳥・夢十夜・永日小品 夏目漱石
7月
14日 すみ鬼にげた 岩城範枝 ★
15日 怪奇小説傑作集1 アルジャーノン・ブラックウッド他 平井呈一訳
8月
7日 こころのスイッチをきりかえる本 斎藤茂太
24日 遠野/物語考 赤坂憲雄
9月
13日 わたしのおふねマギーB アイリーン・ハース
17日 夜空の訪問者 斉藤洋
17日 星の旅行記 たむらしげる
25日 はしれ、きかんしゃ ちからあし 小風さち 藍澤ミミ子 ★
25日 ドワーフじいさんのいえづくり 青山邦彦
25日 ハエくん グスティ 木坂涼訳
25日 しまうまのさんぽ U.G.サトー
10月
14日 コクトー詩集 ジャン・コクトー 堀口大學訳
15日 車のいろは空のいろ 星のタクシー あまんきみこ ★
15日 ルリユールおじさん いせひでこ
15日 ひとつ マーク・ハーシュマン バーバラ・ガリソン 谷川俊太郎訳
30日 魔女の宅急便その6 それぞれの旅立ち 角野栄子
11月
2日 ぼくネコになる きたむらさとし
2日 おおきな なみ バーバラ・クーニー かけがわやすこ
2日 ゆっくりがいっぱい! エリック・カール くどうなおこ
2日 もりのなか エッツ まさきるりこ
2日 またもりへ エッツ まさきるりこ
12日 くつしたあみのおばあさん おそのえけいこ すずきコージ ★
12日 おばあさんの青い空 片山健
12日 トマトさん 田中清代
14日 省略の詩学 外山滋比古
24日 ふしぎメッセンジャーQ 人形は月夜にほほえむ  斉藤洋
26日 深夜のゆうれい電車 斉藤洋
26日 ゆうれいパティシエ次元  斉藤洋
12月
8日 はたらきもののナマケモノ  斉藤洋
12日 メリーさんの電話 斉藤洋
17日 妖怪文藝〈巻之壱〉 モノノケ大合戦 東雅夫編
21日 ゆうれいドレスのなぞ 斉藤洋
21日 まよわずいらっしゃい 斉藤洋

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April 05, 2010

おおきな木 シェル・シルバスタイン 篠崎書林 1964

Twitterで行われた第二回大人絵本会のテーマが、この『おおきな木』でした。
私は絵本会当日に初めてこの絵本を読み、参加しました。
主催のえほんうるふさんのブログなどで、この絵本については「どうやら手強いらしい」というイメージがありましたが、意外とすっと入ってくるものがあり、それ我ながら驚きました。

絵本会前の主な感想は
・リンゴの木の行いは、どちらかというと【施し】ではないか
・しかし、それにしてもリンゴの様子は自己満足に見える
・リンゴの木の擬人化について
・ひとりの人間の一生を淡々と映したものとして心打たれた

この絵本は評判が高いようですが、木の行為や木と男の子の関係性には、やはり疑問が残りました。
リンゴの木はちびっこを「ひたすら待ちわび」(まあ、木ですから動けませんけども)、現れたことを喜び、ねだられるままに物質的なものを与えようとし、与えたことを「うれしい」と喜びます。
与えたものとはつまり、木のからだである実や枝・幹ですから、犠牲的な与え方です。自分のからだを差し出して、「うれしい」と。
そこに「与えることができて、ホッとした」というニュアンスも感じるのです。
絵本会では木の行為を親や祖父母に喩える発言もありましたが、「かわいくてかわいくてつい甘やかしてしまう」というのとはちょっと違う印象を私は持ちました。
木は、何かを与えているつもりだけれど、非常に受身な気持ちなのではないか。与えるという行為にアイデンティティを置き過ぎなような気がして、そこがちょっと痛々しい。
ただ、これは私の個人的な受け止め方と、訳文の影響も強いような気がします。
訳と巻末解説については、絵本会の発言でも否定的な意見がやや多かったようです。本田錦一郎氏は、思い入れを訳文に込め過ぎたきらいがあるのかもしれません。
かといって、私の英語力では、もし原文で読む機会があっても、おそらくニュアンスの違いはわかりませんが……。

一方、ちびっこは、木を労わることもなく、木に与えられたものを奪うように自分のものとします。
この点については、違和感がありませんでした。多くの人間が当然、男の子と同じように行動すると思います。
この描き方は真実で事実だと思うのです。
これで男の子が毎回何か木にやさしい言葉をかけたりでもしたら、それこそ偽善的で「気色悪い」と思っていたことでしょう(笑)。

今回の絵本会で個人的に面白いと思ったのは、リンゴの木と男の子の関係を【親子関係】、つまりご自身が我が子へどう「与えるか、与えたか」を省みる参加者が多くいらっしゃったことです。
私は独り身なので、そのような読み方はできませんが、「読む者の状況や立場が解釈に強く影響する」類の作品であるのだなあ、と強く感じました。(前の記事にも書きましたが、これも何か心理学的な分析ができそうです(笑))

私としては、ひとりの人間が成長し、老い、死を間近にしていく様を、最低限に凝縮し、過不足なくすらりと描いてあることは高く評価したいなあ、と思いました。
思春期、青年期、壮年期、老年期……その年頃で抱く欲望や不満、心身の様子が文と絵でしっかり伝えていると思います。
壮年期、老年期、に関してはまだ未体験ですので、歳を取ってから読み返し、どう感じるのか楽しみです。
表紙カバーの折り返しに「3才から老人までの絵本」と書いてあるのが、とても心に残っています。

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March 26, 2010

100万回生きたねこ 佐野洋子 1977 講談社


えほんうるふさんの呼びかけで2010.3.25の夜にTwitter上で行われた「第一回大人絵本会」に参加しました。
佐野洋子『100万回生きたねこ』を肴に、大人たちがそれぞれ呟きました。(未婚で子のない私は、ここでいう「大人」としては「半人前」だった気もしますが……。)
チャットとは違う、リアルタイム意見交換会。楽しかったー。

さて『100万回生きたねこ』、この超有名作品、私はあまり好きではなかった。というか、なんとなく腑に落ちない感じがいくつもあって、そのあたりを今回の大人絵本会で探れたらよいな、と思っていました。

絵本会が始まる前、自分なりにこの作品についての疑問や違和感を箇条書しておきました。
愛の物語として……「愛を受け取れなかった主人公が、いきなり白猫を愛する違和感」「白猫と本当に相思相愛であったのかという疑問」
自立の物語として……「自分探しをしていないのにも関わらず、たた何度も繰り返し生きただけで、いきなりのらねことして生を受け、いきなり自己を受け容れることに対する違和感」
死の物語として……「この繰り返しの生は、作者自身の信仰や知識の裏付けがある輪廻転生なのか」「のらねこ以前の、繰り返しの生死は何だったのか」
その他……「100万回という数字は実数なのか比喩としての数なのか」「主人公の傲慢なキャラクターをどう捉えるか」

実際、上記に関わる呟きがたくさん出て、それなりに「答え」が出たものも、そうでないものもありましたが、知らなかった情報なども得ることができ、とても興味深かったです。
そして、その様子を見ながら、私は
「『100万回生きたねこ』は、読み手である自分の視点や感情移入先が一定しない故に面白く、苛立つ。ねこ、白猫、飼い主達、読んでいる己、家族や友人、作者、あらゆる者に対してあれこれ想いを持ってしまい、どこから処理してよいのかわからなかったのだ。 」
と、ツイートしてお仕舞にしました。

いくつもの物語や思想を内包し、それぞれに想いを巡らすのは、生きていれば当たり前のことで、それをこの短い中にぎゅっと入れ、さらに読んだ人に自己を省みることを半ば強制的に促すこの作は、やはり相当にエネルギッシュだと言えると思います。(エネルギッシュなのは、佐野洋子さんの他の作品にも言えそうですが)
私は、そのあたりのエネルギーに少々(否、かなり)負けていたのかもしれません。

この作品、ユング系の心理学の眼で見てもかなり面白いのではないかという気がします。「投影」とか「影」とか。
私は門外漢なので、どなたか詳しい方の解説を聞いてみたいものです。

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