但し書き
・このブログはhyo-tanこと五十嵐彪太の絵本中心レビューブログ兼読書記録置き場です。
五十嵐の創作関連個人サイトは別にあります。
・自分のメモ用に、お気に入りに★印をつけてます。「良い」ではなく「好き」であることをご承知置きください。

怪鳥 湯菜岸時也
す、すごいタイトルだ。たぶんチビってますね、この人。(笑)なんかえらい笑った。
雨が怪異を運んできたってことだろうけども、幻想的な怪異ではない。チンピラが現れて、いなくなっていただけ。主人公も怪異なんだかどうなんだかすらわからない、っていう感じがほかの作品とは違っておもしろいと思った。
大学の考古学の先生が「朱雀は『キエエエエ~』と鳴いて」と言っていたのを、なぜだか思い出した。
ハンター 峯野嵐
なんか、マザコン。(笑)でも「母の言葉」の効力とか威力とか、そういうのがよく出ていると思う。「お母さんの言ってたワケわからないこと、ホントだった、なんでだろ?」みたいな。この本の中には、そーいうお母さんパワーの強い母がいっぱい出てきて、すごいです。わが愚母は、このようなお母さんパワーをあまり持っていない人なので、なんかうらやましいような、そうでないような。
駅の様子、蛙の鳴き声、おばあさんの登場、いい具合に馴染んでいる。でもタイトルだけは、あまり馴染んでないような。いくらすばやい舌で獲物を捕らえるといっても、ひょこひょこ歩く着物のおばあさんに、ねえ。
魅惑の芳香 大河原ちさと ★
最後の一文で、いきなりシュールになった。ピタッと止まるけど、その空気がずっと続く感じ。こーいうの好きだ。
ところどころ、表現に過不足があるように思った。たとえば「嗅覚と視覚以外の感覚が麻痺……」の一文は余計だろう。こういう直截な説明をせず、その感覚を読者に体感させてほしい。
ドリアンだのくさやだのシュールストレミング的なものを(残念ながらどれも食べたことないけど)想像するけど、こいつは動くんだよね。すごいね。生きたまま食べたくなる匂いを発するそいつ。虫も鳥も犬も人も、食べたくなる匂いを発するそいつ。楽しいわ。
アイス墓地 松音戸子
前半のアイス墓地の描写が、いかにもその後の怪異のための説明って感じがしてしまって、いまひとつ入り込めなかった。とくに『花子の墓』とか書いてあるのは「墓っぽさ」を強調するだけで、その後の歯の怪異とあんまり関係ないし、わざとらしいかな、と。
とはいえ、アイスと歯を絡めたのは、うまい。歯がぼろぼろ抜ける感覚は恐ろしいし(よく夢で見る)そんな子供たちが集まる待合室も異様だ。アイス墓地と歯医者になんらかの因果がほのめかされていれば、なおよかったかも。
スコヴィル幻想 斜斤
すこぶると掛けてあるのかな。だじゃれラヴ。(?)
辛(から)いのが苦手な私としては、これは辛(つら)い。うぁうぁ言いながら読みました。マッチ棒の頭はなくなったのにまだ辛いものがあると。意味わからない。勘弁して欲しい。辛いのいやー。(褒めてます)
しかし、マッチ棒の頭より、馬面の男に、出ていってほしいよ。
ギジ 一双
股間、気になってました。すみません。(笑)しかし子孫が現代にいるんなら無事だったんですね、股間。
たぶん差し込み式の義耳(詳しくは知らないが、現実の義耳はそうではないと思う)。それを挿入する穴がどんなふうか想像してみると、なかなかエロチックである。耳の中の機能はたぶん生きていて聴力も残っているのだろう。失ったのは耳という物体であり、身体の部位としての耳ではない。ってのもまた、なかなかよい。
家が寺かどうかと言うとちょいと疑問だ。阿弥陀寺に住んではいたけど、芳一は琵琶法師であって坊さんではないからなぁ。まぁ、無粋なツッコミはこれくらいにして、ギジというカタカナのタイトルはとてもよい。擬似とか疑似とも掛かっているし、タイトルだけでは、内容がわからないというのも、よい仕掛けだ。
分割払い 杜地都
なんともイヤな感じだ。痛みが分割されれは、確かに強い痛みによるのたうち回るような苦痛はないだろう。だが痛みは痛み。小さく長く続く痛みもまた辛く不安だと思うのだが。
なのに、この主人公はそれを歓迎しているらしい。しかも、なんとなく図々しい態度だ。この態度は一体どうい
う心理から起こるものだろうか。それがまったくわからないから、ひどく不愉快だ。(褒めてます)
日本舞踊だのお母さんに見られなくてよかっただの、痛みとは関係ないどうでもいい話がペラペラと出てくるのも、鮎原くんの図々しい態度やちょっと変人な感じに拍車をかけている。なかなか真似できない。
たぶんこの診察室は整形外科ではない。
肝だめし 不狼児
女の匂いと線香の香りと煙が混ざった日には、どこかに連れて行かれて当然でしょう。意外に年増の女、というのも凄みが増して、この話に相応しいと思う。
実は私はこの話を読んで、精通を連想したのだが、妄想が過ぎますかね。
よそゆき 飛雄
うわぁ、嫌な話だ。場所がプールである理由がわからなかったのだけど、位置的に遠そうなのに縫い目なんかがよく見えるのも、ちょっと気になったのだけど、まあ、それはどうでもいいや。
同性だからこその嫌悪というのは、なかなかしぶとい。服を裏返して着て踊る女。その服が母の「よそゆき」とは。おばさんと母親は違う人物だけれども、そのよそゆきの所有者で着用者である母親に汚らわしさを感じることは、不自然ではない。嫌悪感が延々と出てくるのがわかる。そんな妹の様子を見ていた主人公はどんな気持ちだっただろう。
若干、最初の妹の年齢の設定が低すぎるような気もするけども。
死霊の盆踊り ヒモロギヒロシ
「共に踊ろう」で一笑い、「陽気を人為的に」で二笑い、「ゆかいなダンス」で三笑い、「アニソン」で四笑い、「ジャガイモが芽吹く」で五笑い、「ジェンカを小一時間」で六笑い、「数的不均衡」で七笑い。
最初は馬鹿にしていた主人公がだんだんとマジになってしまうところが見事に描かれている。こーいうことは現実にあり得る。

おわりに。
長々と独りごとのような感想にお付き合い、本当にありがとうございました。
怪談というものについて、なんにも考えないままビーケーワン怪談大賞に投稿して、本に載ることになって、本になって、読んで。ここでようやく初めて怪談を意識することになった。以前、仕方なく(つまり学校の課題として)読んだ小泉八雲の「怪談」の記憶は遠く彼方の塵でしかないもんで。(ダメじゃん)
なので、半ば無理やり「怖いって何だろ、これはどこが怖いんだろ」と思いながら読むことにしました。
そんな視線で読んでみて感じたことをちょっと言葉にしてみる作業、それがこのブログでやりたかったことです。
そんなわけで、ごく主観的な感想にあえて撤してみました。また、文章や、話の構造や矛盾に対するのツッコミはなるべく抑えたつもりです。そーいうのは、得意な人に任せましょう。誰とはいわないが(笑)
閑話休題。
「怪談は怖くなければいかん」とは最初から思っていなくて。でも、どんな話にもきっとなんらかの怖さは含まれていると思う。含まれた怖さに気が付くか気が付かないかは、その人の苦手なものの性質や、読むときの気分・状況、経験等々によって、違うんだろう。
そもそも「怖さ」というのは単独で起こるのは稀で、他のあらゆる感情に小判ザメのように引っ付いていて、見えにくいときもある。逆に小判ザメのほうが目立って見えることめある。
創作怪談を書くときには、小判ザメがいる、どんな姿の小判ザメかってことは意識したほうがよいけれど、小判ザメだけに気をとられていたらうまくゆかないだろうな。
読む時には、小判ザメの存在に気が付かなければ気が付かなかったでイイんじゃないか。そんなふうに感じています。
……で、小判ザメって喩えはどうなのよ?
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